症例報告

vol.2

母親の「因」の転換により回復しつつある家庭内暴力の1例

F市立総合病院 心療内科 K.F氏

【はじめに】

TL人間学による母親の「因」の転換により、長年にわたる家族内葛藤、子どもによる家庭内暴力に改善の兆しが見え始めている例を経験した。これまで、家族の絆の再結は不可能と思われていた例に、改善の兆しが見え始めたことは大きな驚きであり、ここに報告する。

【症例】

症例は初診時38歳の女性。既往歴は特記すべき事なし。生活歴として、教育者の父親より、精神的虐待を受けており、守ってくれなかった母親にも、心を許していない。

【H3.9.1】

メキシコ人の現夫との間に、男子を出生。その後、夫のアルコール依存からの暴力により、夫婦の言い争いが絶えなかった。患者も子どももともに不安定な状態で、患者による子どもへの虐待、子どもによる暴力行為なども発生。精神科クリニック、心療内科クリニック、多種多様な相談機関を訪ね歩くも、問題は改善せず。

【H12.】

夫が家を出たが、現在まで別居状態。子どもは一時保護

【H13.1月(小3)】

東京の児童相談所より、千葉県の児童養護施設に入所措置された。

【H16.3月】

患者が、ある程度精神的に安定したことにより、静岡市の祖母宅に入る形で、患者が子ども(小6)を引き取った。しかし、同年9月(中1)より、子どもは不登校となり、激しい家庭内暴力が始まる。

【H16.11.5】

静岡県の児童相談所へ相談。11.7 祖母が暴力を受け、患者と祖母が家を出る。

【H16.11.10】

患者と祖母は静岡市母子短期保護所へ避難し、以後3カ月間にわたる別居生活となった。

【H17.2.25】

警察が介入し、子どもは、東部一時保護所へ移送。

【H17.3.31】

児童養護施設へ入所措置されたが、同日無断外出し、自宅へ。

【H17.5.17】

当科を患者が初診。「次に暴力があれば、もう、耐えられない。がんばれ、がんばれといわれても、もう、無理。二人の間で背負ってきたものがあまりに大きすぎる。経済的環境も悪すぎて、自分のことで手一杯。とても、自分には、改善する道はない」と訴え、今までの経緯から、子どもの暴力行為が重大な事件に発展する可能性が示唆された。子どもに居所を知られないように、患者と祖母はアパートを借り、避難。患者は、子どもとの接触を恐れ、祖母が食事だけを運ぶ状態。

【H17.6.】

相談員に子どもが暴力を振るったため、児童相談所の介入は停滞。

【H17.8.】

祖母も、子どもの暴力のためパニック発作を頻発し、子どもとの接触が困難となり、食事を運ぶ人がいなくなった。

そのような状況の中で、患者は、「止観シート」や「因縁果報ウイズダム基本篇」に取り組む中で、「お父さんもこんな気持ちだったんだ。どう関わってよいのか分からなかったんだ。それでも、必死に未熟な自分のまま、関わってくれていたんだ」という、今まで加害者であった父親の気持ちに対する共感と感謝が発生。9月には、「私という人間が関わると、相手をだめにして、ぼろぼろにしてしまうのではないか」という気持ちが、「それでもいいや、それでも関わっていいのね。それでもやってみよう」と思え、「たとえ何があっても絶対に絆は壊れない」と心を定めて子どもとの対話を再開した。そうしたところ、今まで両親の離婚に反対してきた子どもが、理解を示し、数年ぶりに元夫から、離婚に同意する旨の連絡が子どもに入り、子どもから患者に、温かい言葉や、感謝の言葉が聞かれ、どうしても変わろうとしなかった祖母に、本質的に変化してゆこうという決意が生じてきている。

 

【考察】

患者は当初、経済的環境が厳しすぎる、自分にはとても背負えないと事態から逃避し、自分でも気づかぬまま、自分以外の誰かに事態の収拾を図ってもらおうと東奔西走していたが、自ら事態を引き受け、「因」の転換につとめたところ、14年の間どうにもならなかった、様々な事態に改善の兆しがおこり始めたと考えられた。

【結論】

TL人間学に基づく「因」の転換が、不可能と思われた親子の絆の再結が始まったと考えられた。