症例報告

vol.10

「因縁果報ウイズダム」の取り組みで光転した血液透析患者の1例

O医療センター・K医療センター S.M氏

【はじめに】

透析患者は年々増加の一途を辿り、2005年末で30万人を超え、最近では10年以上の長期生存も可能になってきた。しかしそれに伴い、精神的な問題を抱える患者さんも増えている。
今回、我々は身体的、精神的に多くの問題を示す血液透析患者に「因縁果報ウイズダム」に取り組み、改善が見られた症例を経験したので報告する。

【症例】

49歳の男性、職業は運送業。既往歴は平成5年より糖尿病性腎症による末期腎不全のため週3回の血液透析を行っている。同じ透析を受けていた実の兄が亡くなった4年前から、些細なことですぐに怒り出し、反論すると余計に怒り出すようになっていたため、医療者とのトラブルが絶えず、水分や食事制限もできず、透析での調整も困難だった。

身体症状として、透析中か否かに関わらず、下肢の痙攣が常時出現し、対応として10%NaCL20mlを無制限に静注していた。また自己管理ができず、うっ血性心不全や血液検査データの異常などもあった。あまりにトラブルが多いため、前医では他施設に移ってもらうために面談する際、本人が刃物を持ち出し、警察に逮捕された。警察を通して公立の当院に紹介になった。
当初は拘留中だけの予定だったが、引き取ってくれる施設がなく、病院側の指示に従うことを本人に了承してもらい、当院にて透析を行うことになった。

しかし、穿刺の順番や内シャントの管理法、透析前の体重確認の仕方、エアコンの稼動等様々なことにクレームをつけ怒った。一旦怒り出すと、主治医も看護師も1時間程話を聞く状態となり、医療者は「いつ何を言われるか」と常に戦々恐々としていた。
下肢の痙攣に関しても一般的には透析間の体重増加が多く除水量が多い時によく見られるものであるが、その関連を本人は否定、神経内科受診や様々な投薬を試みるも改善は見られなかった。このような状況に対し、「因縁果報ウイズダム」に取り組んだ。

 

【結果】図1に暗転の「因」と「縁」を示す

症例10

患者さんは下肢痙攣や水分や食事などの制限に対し、独自の解釈があって、主治医は当初それを「あなたの言うことは医学的には誤りだ」と「優位」の思いで訂正したり、指導することに躍起になっていた。また、患者さんが、感情的になることを繰り返しているときには、「面倒だなあ、厄介だなあ」と苦・衰退の「恐怖」の思いであった。また透析室看護師は、常に患者さんに接するため、「いつ何を言われるのか」と戦々恐々とし、苦・衰退の「恐怖」の思いを持っていた。

 

    図2に光転の「因」と「縁」を示す

症例10

「因」と「縁」の転換を図った。主治医は逃げずに事態を引き受けよう、また畏敬の念をもって、この方のお気持ちを受けとめながら同伴しようと気持ちを転換し、「いったい本当はどんなお気持ちなのだろうか」と考え、まずは徹底して聞かせていただこうと努めた。 また、患者さんを厄介者として受けとめていた透析室看護師にも、患者さんを受け入れてもらいたいと光転の「縁」を設定し、そのために患者さんの心理状態を理解することを目標に、腎不全患者の心理状態(サイコネフロロジー)の勉強会を数回持ち、傾聴・受容してもらえるよう「縁」の転換も図った。

このように実行すると、この方のお気持ちの中に死への恐怖と誰にもわかってもらえないという辛さを感じとることができた。
そのような取り組みの結果、患者さんの状態は劇的に改善した。

 

下図に透析間の体重増加の推移を示す。

症例10

一般に透析間の体重増加は少ないほど、塩分制限や水分制限を順守したことになり、自己管理が行えていることを表している。2002年4月からその年の間は3kg台から5kg台とかなりの増加があるが、2003年に入ってからは2kg台から3kg台へと抑えている。また、大きなクレームもかなり減少した。

 

下図に血液尿素窒素(BUN)の推移を表す。

症例10

BUNは通常90未満が目標で、これが理想値になるということは食事制限が順守されていることになる。これも2003年になってからは殆ど90以下になった。つまり食事制限が可能になったということである

 

下図に、10% NaCl 20mlの投与本数の推移を表す。

症例10

患者が最も辛かったのは下肢の痙攣であり、その治療のために投与された10%NaCl20mlの本数である。当院での投与本数は3本までと決めていたが、時には4本から5本投与することもあった。これも2003年からは2本以下で抑えられ、あれほど難渋していた下肢痙攣の症状が緩和されている。この後も大きなクレームを聞くことはほとんどなくなり、患者さんは「これまでのどの先生より話を聴いてくれる」と語った。

 

【考察】

透析に限らず様々な医療現場に“問題患者”は存在し、医療者は対応に難渋する。特に攻撃的な言動を示す患者さんは、その傾向は強い。通常医療者は「患者さんを正しい方向に導くべき」という「優位」の思いで関わり、「あなたの言うことは間違いだ!」と、相手を否定していることも多い。それが、患者さんとの対立関係を悪化させている。
  本例では、患者さんが「これまでのどの先生より話を聴いてくれる」と語ったように、改善するきっかけとなったのは、患者さんが「受けとめてくれた」と感じてくれたからだと推察する。それは、医師も、看護師も「受けとめよう」と意を決したことで、「なぜこの方はこんなに怒るのか」と疑問が湧き「いったいどういう気持ちだろう」と患者さんの心に自分の心を合わせて、聴くことができたからだと考える。

【結語】

身体的、精神的に多くの問題を示す血液透析患者に「因縁果報ウイズダム」に取り組み、改善が見られた症例を経験した。「因縁果報ウイズダム」に基づく医療者の意識と同志、原則、システムの転換は、このような心理的・社会的問題を抱えた患者さんにも有効であると思われた。