症例報告

vol.14

TL人間学に基づく新しい原則による医師育成への取り組み

I総合病院  K.K氏

【はじめに】

低侵襲外科(minimum invasive surgery:MIS)の拡がりにより内視鏡手術など手術手技が高度になるにしたがって医療事故のリスクも高まり、現在の医療現場では熟練した限られた医師が執刀し、後輩医師にとっては技術修得の機会が少なくなっている。
そして、医療界には「先輩が上、後輩が下」という上意下達の暗黙の原則があり、リスク管理の理由だけでなく後輩医師に手術の機会を与えない指導医も多い。また医学論文作成などの研究テーマなども上司が決定し、後輩医師の育成は先輩医師の裁量に大きく影響を受ける。これにより後輩医師の技術習得の停滞、論文・学会業績低迷、医局内の硬直化をきたすことがある(図1)。
この暗転の原則を排除し、外科医として無意識に「教えてやっている」という「優位」感覚を転換し、「畏敬」をもって後輩に関わったとき、今までにない可能性が開かれるという経験を得られたので報告する。

 

症例14

 

【対象】

対象は2004年7月から2007年10月までの3年3カ月間に当院整形外科に勤務した整形外科医師(卒後4-9年、男性7名)。
手術手技は一般的な脊椎外科手術で、椎弓形成術、前方固定術、後方固定術などとし特殊な手術手技は避けた。
 当院での脊椎外科手術件数は年間120-140例である(なお、外来で患者さんおよびご家族に演者が後輩医師と共同で主治医になることの同意を得て入院していただいた。同意を得られない場合は除外した)。後輩医師は半年から1年以内に異動し、同時に複数の医師が異動する期間もあった。

【方法】

上意下達の暗黙の原則を排除するために、畏敬をもって 後輩に関わり、その医師の技量に応じて、可能と判断した手術を監督指導しながら積極的に執刀できる機会を設けるようにした。
原則として主治医が執刀医となり、手術を完遂するようにした。完遂できない場合は、完遂できるまで手技の一部を著者が援助して手術をサポートした。さらに後輩医師らに各種セミナーへの参加を促し、手術や疾患に関する情報を論文で紹介し、関連する整形外科学会などに発表の機会を積極的に与えた。医学論文の作成を希望する医師にはデ一夕を提供し、論文作成に積極的に関わった。

【結果】

後輩医師全員が就任前より知識、技量とも明らかに向上した。就任以前は執刀医として与えられた手術を完全に遂行できる医師はいなかったが、当院で研修後は全員の医師が与えられた手術をすべて自分で完遂できるようになった。主治医が執刀医になることで責任が明確になり患者さんに対する後輩医師の責任感が向上した。
導入以前、後輩医師は主治医に積極的になりたがらなかったが、導入後は極めて積極的に主治医になることを希望するようになった。導入当初の2005年には、後輩医師が主治医になる割合が全体の47%程度であったが、2007年には75%まで増加した(図2)。

症例14

 

後輩医師らが業務に意欲的になり自然と職場に活気と元気、和気が生じるようになった。 医療事故はゼロであり、1例も医療過誤は発生しなかった。欧米の専門雑誌に投稿し採択された論文は、導入以前は5年間で1報のみであったが、導入後2年間で5報(文献1-5) と急激に採択されるようになった。 大学医局の人事異動では当院への研修希望者が増え、モチベーションの高い後輩医師が増えた。研修病院として評価され大学医局から医師2名が増員された。人月の増加により、事務作業が軽減され、病棟業務さらに教育、研究に余裕が生じるようになるなど好転循環が起こった。

 

【考察】

「20年前に入局した当初は、厳しく指導する教授にまともに返事をすることもできず、回診での教授の叱責に声を震わせるばかりだった。何も経験したことがない研修時代に未熟な点を上司(先輩医師)から厳しく指摘されたために、上司(先輩医師)は経験豊富なので常に正しいという誤謬が自然に生じた。 医療界では、患者さんの人生や命に関わることであるため、その責任も含め、先輩医師の指示は絶対的である。また外科医は手術手技を先輩医師から直接指導してもらって習得せざるを得ないことが多い。特に脊椎手術は脊髄麻痺や神経障害、出血、感染などの合併症リスクが高すぎて、最初は、先輩医師に「手取り足取り」教えてもらわなければ、個人で手術を完全には習得できないという条件がある。
 また、研究についてもテーマや研究方法、論文の作成指導など始めは先輩医師に「手取り足取り」の指導を受ける。先輩医師は常に後輩医師より上位になりやすく、人間関係は「常に優位な先輩医師」による上意下達を形成してしまう。 これはあまりに自然に形成される医療界の業界業(その業界に無自覚に存在する悪しき習慣、風習)である。 かつて著者は大学医局で研究業績を上げ、世間に認められるようになると、「もっと業績を上げてやろう」と後輩医師を道具のように扱った。また上位下達になり後輩医師に対して拇示が常に命令調になっていた。いつの間にか医局で著者には誰も仕事を援助してくれる後輩医師はいなくなった。さらに状態が悪化して四面楚歌となった。
 このようなとき、著者は、高橋佳子氏が撞唱するTL人間学(魂の学)を学び始めた。
 その学びの中で、著者が医局で四面楚歌になった原因は後輩医師に対して生い立ちから生じる「欲得一貪り一無理」の受発色の回路と業界業としての「優位一支配/差別一枯渇/反感」の受発色の回路で関わっていたためであるとわかった。(*受発色:「受」とは心の受信の機能、「発」とは心の発信の機能、「色」とは現実を指す。世界の現実を受信した私たちが、思い、考えを膨らませ、発信して、その現実を生み出してゆく。)
 著者はこの現実に深い後悔の念を抱き、暗転の現実を生み出していた自らの受発色を転換することを決意した。著者は「欲得一貪り一無理」の受発色回路に対して、「無私-簡素」の受発色の回路で臨み、「私が持っているすべての手術技術やコツ、習得したすべての知識を後輩医師に積極的に譲る」譲与の取り組みを実践した。因縁転換のため「『稲穂の心』の菩提心」(高橋佳子著『新・祈りのみち』p.705参照)を心の規範とした。
その結果、後輩医師の手術能力の向上、論文数の増加、モチベーションの向上、人員の増加など想像以上に現実が好転したと考えられる。
 また医療現場では失敗が許されないため、上意下達の暗黙の原則の傾向は外科系の診療科ほど強い。先輩医師は後輩医師に対し「優位」で受けとめ、「支配」で発信し、後輩医師たちのエネルギーの「枯渇」や「反感」という現実を生み出してしまいがちである。
 その結果、後輩医師たちの「疲弊」「抑うつ感の蔓延」「自主性の欠落」「不満の増大」をもたらす「縁」となる。これは病院にとってもマイナス要因であり、医療事故の温床ともなり得る。
しかし上意下達の業界業を覆し、先輩医師が後輩医師に「畏敬」をもって積極的に「同伴」して関わったとき開かれる現実は個人に留まらず病院全体に元気を与え、職場が明るくなるなど光転の現実を導くことが明らかになった。

 

【結論】

TL人間学に基づく医師育成のための新しい原則として、「先輩が上、後輩が下」という優位感覚を転換し、「一人の人間として畏敬をもって関わる」ことが非常に重要である。
 具体的には後輩医師の人間性を信じて愛情を注ぎ、自ら修めた技術・知識を惜しまず教授することであり、またリスクが高いから手術をさせないのではなく、できることから積極的に指導することが大切であると考える。
 「教えてやっている」という優位感覚を転換し、「畏敬」をもって後輩に関わる受発色変革を実践した。TL人間学に基づく新しい原則による医師育成への取り組みが医師育成だけでなく病院全体の運営にも好影響を与えた。