症例報告

vol.15

「病からの呼びかけを聴く」ことで改善したと思われる難治性疼痛の1例

Yクリニック  T.Y氏

【はじめに】

難治性疼痛の患者は、様々な精神症状も併発し、治療に難渋することも少なくない。筆者は、TL人間学に基づき、医療者と患者が、共に「病からの呼びかけを聴く」ことをめざして診療にあたった。その結果、患者の精神状態が安定し、症状も改善を示したと思われる難治性疼痛の1 例を経験したので報告する。

【症例】

症例:A 氏、88歳、女性。主訴:全身の痛み。
A氏は、6人兄弟の末子で、周囲から大切にされて育てられ、依存的傾向が強かったようである。しかし、17 年前に夫を老衰で亡くし、一人暮らしとなり、さらに7年前には、老後を看てくれる予定であった嫁が亡くなり、孤独感を強く感じておられた。 娘と息子は車で1 時間程度の場所に住んでおられるが、A氏の病気や治療にはあまり関心がないようで、当院に来られたことはない。22 歳の孫(男性)もいるが、あまり交流がないようであった(図1)。

 

症例15

 

当院受診までの経過であるが(図2)、5,6年前より全身にチクチクとした痛みが起こり、4年前より右腹部に帯状疱疹を発症し、その痕も激しく痛むようになり、B病院に頻回に入院された。
その後、背骨を打って全身の痛みがさらに増強し、C病院にも3 カ月入院された。
2007年7 月に当院を受診されているが、その後、通院を中断し、D病院に入院後、同病院心療内科にしばらく通院されていたが、全身の痛みは改善せず、2008年7月に再度当院を受診された。
2007 年の当院への通院中断時の経過であるが、A 氏は、訴えが多くコミュニケーションの困難さがあり、診察や説明が十分行えなかった。漢方薬は処方したが、7月17日の2回目の受診の際、症状は全く改善しておらず、帯状疱疹後の痛みが強く、腰も痛く苦しいので明日から入院すると言われ、通院は中断となった。
この時の中断の原因は、A氏の訴えの多さとコミュニケーションの困難さであり、仕方がないと筆者は考えていた。

 

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ところが、丸1 年経った2008年7月2日にA 氏は当院を再診された。前回の通院中断は、筆者にとっても心残りであり、その出来事の筆者への「呼びかけ」を聴こうと考えた。そしてぜひA 氏にも「病の呼びかけ」を聴いていただきたいと願い、診療にあたった。処方は2007 年と同じ漢方薬とした。
2008年7月14日の再診時、A氏の痛みはかなり軽減しており、一緒に来た近所の人も、劇的に回復し、一人で外出しており前向きになったと驚いていた。
7月28日にA 氏は再診したが、「前医で処方されていた薬も出してほしい」と、筆者に大量の薬の処方箋を見せた。
筆者は、その量の多さに驚き、ここまで大量の薬に頼ってきたA 氏の苦しみが胸に沁み、またその苦しみに医療者として応えてこれなかったことを申し訳なく感じた。そして、A氏の状態に合わせ、鎮痛薬のロキソプロフェンや抗てんかん薬のカルマバゼピンや抗不安薬のエチゾラムを中止し、さらに抗うつ薬であるパロキセチンを減量したが、症状の再燃、悪化は認めていない。

【考察】

今回、「病からの呼びかけを聴く」ということで、まず筆者は自らへの呼びかけを聴こうと、筆者自身の内面を見つめた。
その結果、A氏の訴えの多さとコミュニケーションの困難さから筆者がA氏を拒絶していたことが意識化された。
それは、筆者の苦・暴流という拒絶的、批判的な心の傾向によるものであり、それを超えることが筆者に呼びかけられていたと思った(図3)。

 

症例15

 

筆者は無自覚だった自らの傾向を意識化し、中断の原因は、A氏の訴えの多さとコミュニケーションの困難さであり、仕方がないと思っていたが、本当は筆者がA氏を十分受けとめられなかったからではないかと感じた。そして、今回は「必ず受けとめよう」と意識を転換して診療に当たった。 A氏は、前医で病名も告げられないまま「精神病院に行きなさい」と言われ、不安に苛まれていた。そのA氏に対し、筆者は、訴えをよく聴き、その背景にあるA氏の不安をしっかりと受けとめ、丁寧に診察をした。 その結果、「慢性疼痛症候群」と診断し、その病名を告知し紙に書いて説明し、共に「病からの呼びかけを聴く」ことに誘った。そして、A氏に「ゲートコントロールセオリー」を用いて「脳や脊髄にある痛みの門が開いているので痛みが増強される」と説明した。さらに「抗うつ薬で痛みの門が少し閉じる」と抗うつ薬の有効性について話し、「痛みはストレスがたまると増強する、特に怒りや不満がたまっていることが原因となることが多い」と話した。 すると、A氏は、長年感じていた子どもたちへの不満を語られた(図4)。

 

症例15

 

最近では、A氏は89歳の高齢にもかかわらず、一人で通院できるようになり、薬も減量でき、笑顔が出るようになられた。痛みで苦悶様顔望を呈した怖いおばあちゃんから、笑顔のかわいいおばあちゃんへの変身であった。
訪問看護師からも、「本人に尋ねると全身の痛みの訴えはあるものの、以前に比べて訴えは少なく精神状態は安定されています」との報告があった。
現在、筆者はA 氏と息子や娘との関係の修復に向けて少しずつ取り組んでいこうとしている。

 

【結語】

本例において、治療者が、治療者自身の意識を転換し、A氏をしっかりと受けとめ、共に「病からの呼びかけを聴く」ことで難治性の疼痛などの症状が改善したと考えた。
治療者が患者と共に「病からの呼びかけを聴く」ことは、難治性疼痛の治療困難例にも改善をもたらす可能性があると思われた。
A 氏の痛みは、お嫁さんの死後の子どもたちとの関係の悪化に伴う精神的な要因が大きく、子どもたちとの関係の修復が「病からの呼びかけ」であったと推察され、今後、子どもたちとの関係の修復をめざしてアプローチしてゆきたい。