症例報告

vol.16

いわゆるモンスターペイシェントに対して傾聴・共感に
徹することによって問題が解決した事例が教えてくれるもの

K医療センターK病院  S.M氏

【はじめに】

「傾聴・共感」とは、医療者の資質として大切な要素とされている。   しかし、医療現場では、「不合理・不条理と感じられる患者さんからの訴え」に対しては、対応が困難なことがあり、「傾聴・共感」が難しい場合も多い。
  今回、モンスターペイシェントあるいはクレイマーと感じられた患者さんとの対応に際し、医療者が徹底した「傾聴」と「共感」の姿勢をとり続けることにより、円滑な解決をみた症例を経験したので考察を含め報告する。

【症例】

■症例1
 55歳男性Aさんとその妻51歳のBさんは2人とも統合失調症の診断がついている。今回は、妻Bさんの入院中に次のような出来事が起こった。
 妻Bさんが退院間際になった頃に、「看護師さんに『退院しろ』と言われた(実際は“もうそろそろ退院ですね(よかったですね)”と声をかけられた)」と、Bが夫のAさんに訴えたところ、夫Aさんが怒り、看護部長室へ怒鳴りこんだという事件だった。
妻Bさんの主治医ということで、すぐに筆者の元に連絡が来て現場に赴いた。筆者は、Aさんが統合失調症で妄想状態でもあると思い、「傾聴しても道が開くだろうか……」と、不安が湧き上がったが、とにかく徹底的に聴こうと出会いに臨んだ。
 嵐のような一方的な夫Aさんの言い分をひたすら傾聴させていただいた。反論することを控え、自分自身の呼吸を整えながら、領きながら傾聴を続けた。
 怒りの訴えが40分程度経過した頃だった。突然、Aさんご自身が、以前精神科病院入院中に受けた「非人間的な対応」に対してとても辛かったことを吐露され始めた。搾り出すようなその訴えをお開きしているうちに、筆者は、「あー、この方はこれほどの辛さを抱えていらっしゃるんだ……」としみじみとした共感を感じた。すると、それを境にAさんの声が小さくなり、最終的には表情が穏やかになり、静かに礼をされて退室された。
その出会いの後、問題が起きることもなく妻Bさんは円滑に退院となった。

■症例2
 64歳の男性Cさんが、不眠を主訴に来院。「研修医が処方した睡眠導入剤を飲んで調子が悪くなった」との訴えに、上司として対応したケースである。
 C氏はこれまでも病院から処方される薬に関して、いわゆる目論をもって処方の不当性を大声で語る方であった。研修医が困っていたので、上司としてその方に対応することにしたが、出会う直前に「あの人はいつものクレイマーよ」というスタッフの声を聞き、私は「あー、やっかいな患者さんと対応するのか・…‥」とおっくうな気持ちとなった。
 その瞬間、ハッとして、筆者自身の被害者意識をとどめ、クレイマーとは「○○のことで意見を言いたい方、何らかの援助を必要とし、切迫している方」と受けとめ、気持ちを立て直し、対応に臨んだ。
 患者さんには、筆者他研修医2名で対応したところ、C氏は開口一番、「大勢で来やがって!」と叫んだ。この言葉で、C氏に“おびえ・不安”が根深くあることを直感し、薬の作用などの「説明」を控えて、薬に関するC氏の「不安」に根ざした「不満」に耳を傾け続けた。
すると、次第に、最初のべらんめえ調の不満の言葉がトーンダウンし、安心した表情となり、これからも当病院でフォローさせていただくことで、混乱なくその出会いは収まった。

 

【考察】

モンスターペイシェント,クレイマーとは、一般的には「不合理・不条理にみえる訴え」を繰り返す方ととらえられている。弁護士の横山雅文氏はクレイマー対応術の著作のなかで、クレイマーを次の4つのタイプに分類している。
(1)性格的問題クレイマー
(2)精神的問題クレイマー
(3)常習的悪質クレイマー
(4)反社会的悪質クレイマ一
  金銭要求がからんでくる(3)と(4)の場合は、医療従事者ではなく第三者が対応することが原則となっている。今回の症例は、金銭要求はなく、(1)および(2)に相当すると思われた。
  以下、それぞれの症例について考察した。

「症例1」を通して、不合理・不条理と思える患者の訴えに際して「傾聴・共感」の姿勢を貴くことの可能性を感じた。傾聴・共感に徹することによって、精神科疾患合併例であろうと患者さんの精神状態が安定することもあり得る。
  クレイマーの訴えがあまりにも不条理だと思えるときには、私たち医療者はどうしても患者さんの言っていることをさえぎって、“説明”や“言い訳”をしてしまう傾向があるが、こちらの主張を控えることの重要性を感じた。そして、クレームの内容の是非よりも、クレームの背景にある相手の「不満・怒りのエネルギー」、さらには、その怒りのエネルギーの背景に「どのような辛さ・悲しみ・痛み」があるのかを聴くことが重要である。 「症例1」では、そのことによって、相手は十分話を開いてもらったという満足感が得られ、ご本人の過去の辛さを吐露されることとなり、医療者側がそれを受けとめ、共感することで、精神的に非常に安定されたと思われた。   従って、このような患者さんと出会う際には、傾聴できる十分な時間を準備することが必要であると考える。 「症例2」では、モンスターペイシェントと出会う前に、「医療者の意識、想いを点検することの重要性」が示されていると思われる。
  医療者は現場では多忙で常に時間に追われているため、不合理な訴えをする方への対応の際、「どうしてこんな患者のために時間を使わなければならないのか」と被害者意識に傾きがちである。今回、「あの方はいつものクレイマーよ!」と、看護師さんの言葉が耳に入ったことで、筆者の気持ちは、一度「あーやっかいだな-」と動いたが、その被害者意識を意識化し、気持ちを立て直し対応することができた。もし、筆者が被害者意識のままで対応していたら、「大勢で来やがって!」という言葉に対して「何言うか、お前のせいで来てるんだ!」と返し、相手の「不安」を受けとめることができず混乱に拍車がかかったと思われる。
  今回の2症例やこれまでの体験から、いわゆるモンスターペイシェントと出会う際に必要と思われる具体的手順は下のようになると思われた。

 

症例16

 

しかし、筆者にとってこれを実際に実践することは困難であった。それは、筆者自身の中に、「医療者は患者より上、患者は医療者の指示に従って当然」という想いがあり、これがすべての医療行為の前提になっているためであった。これは筆者のみならず、多くの医療者が無自覚に持っている意識でもあると思われる。
このような意識では、医療者が不合理・不条理な訴えをする患者さんの訴えに耳を傾けることが難しくなるのは当然で、医療者は被害者意識に呑まれ、関わりが荒くなって、収まるべき問題も収まらなくなる。筆者もこのような失敗を繰り返してきた。従って、先述のモンスターペイシェントと出会う際の手順を実施するためには、私たち医療者の新しい「前提・心構え」が必要と考えられた。それを下の表に示す。

 

症例16

 

この「前提・心構え」を通して、症例を見直すと、「症例1」では、保護の名のもとで、精神疾患患者の人権に関する配慮が欠けてしまうこと。その医療者の意識が問われていると考えられた。「症例2」では、様々な要求をする患者を「やっかいなクレイマー」としてとらえてしまう医療者の意識が問われていると思われた。

 

【おわりに】

これまで私は、不合理な訴え・不条理な訴えをする方の声を聴くことは相当のストレスで、聴くことは困難であった。しかしTL人間学と出会い、学び実践してゆくなかで、感じ方が変わり、聴くことが少しずつできるようになってきた。
  今回の症例を通して、「嫌な出会い、面倒な出会いには意味がないのではなく、医療者がこれまで超えることができなかったテーマを運んでくれるもの。意味のない出会いはない」との実感をいただいた。同時に「傾聴・共感」が抱く力の一端を体験させていただいた。
  これからも、患者さんと医療者の絆が深まり、問題解決に向かうことができるような、「傾聴と共感をベースとした医療」の実践に尽くしてゆきたい。