症例報告

vol.19

「因縁果報ウイズダム」に基づく新しいカルテ記載法の試み

医療センター Y.I氏

【はじめに】

従来のカルテ記載法では、患者の問題を正確に捉え、評価し、その問題解決を論理的に進めてゆく方法、いわば「HOW」(どのように)を問う方法をとるが、一方で、「WHAT」(何のために)、「WHY」(なぜ)を問うことには視点が向かない傾向がある。
  今回、「因縁果報ウイズダム」に基づいたカルテに取り組むことで、単なる問題解決のプロセスを記録するにとどまらず、まず目的・願いを明確にし、病を呼びかけととらえる積極的な医療の実践を行った。

【POS】

今日の医療現場で主流となっているカルテ記載システムは「Problem Oriented Health Record System(POS)」である。
1968年に米国で開発され、日本には1979年に導入されて現在全国に広く普及している。
  患者のProblem Listをカルテの冒頭に掲げ、それをactive/inactiveに振り分ける。Activeとされたものについて、経過記録としてSubjective data(主観的データ)、Objective data(客観的データ)、Assessment(評価)、Plan(計画)(SOAP)を日々記載する。
  それまで覚え書き的だったカルテを、「POS」は統一性のある書式とし、患者の現状・治療方針を客観的に把握できるよにした点で大きな意義があったと考えられる。

【因縁果報ウイズダム】

高橋佳子氏が提唱するTL人間学には「因縁果報ウイズダム」がある。事業・プロジェクトに取り組む前に、目的・願いを明らかにし、願う現実をリアルに措いた上で、現実と心を結び、「因」と「縁」の転換を持って現実を変えようとするものである。(ここでいう「因縁果報」とは、自らの心を「因」とし、関わる人、場の原則、システムを「縁」とし、その「因」「縁」の結果としてあらわれた現実を「果報」とする)
  記載項目は「1.願い(光転の果報)」「2.現状Ⅰ(暗転の果報)」「3.現状Ⅱ(暗転の因)」「4.変革Ⅰ(因の転換)」「5.変革Ⅱ(縁の転換)」「6.アクションプログラム」である。

 

症例19

 

【「POS」と「因縁果報ウイズダム」の違い】

「因縁果報ウイズダム」は、まず何よりも目的・願いを明確化し、自らの心の転換を重視するという特徴がある。
「POS」の検討・記載範囲は「因縁果報ウイズダム」の「2.現状Ⅰ(暗転の果報)」と「6.アクションプログラム」に相当すると考えられる。
  ウイズダムに基づくカルテの具体的な記載は、1.日的・願い、2.現状(含むProblem List)、3.現状を見たときのいつもの気持ち、4.転換した新しい気持ち、5.新しい関わり(同志、原則、システム)、6.アクションプランとし、これをカルテに記載した。(下図)

症例19

 

【具体例】80歳女性のNさんについて取り組んだものを提示する

1.日的・願い:
・Nさんの病が治り、元の生活に戻ることができる。この入院を通し家族の杵が深まる。
2.現状:
・自己免疫性肝炎で前肝硬変状態、膵炎の合併、重度のアルツハイマー型認知症で易怒性が強く、夫を罵り暴力をふるう状態。
3.現状を見たときのいつもの気持ち:
・「どう考えたって消化器内科の担当すべき患者だろう」「先を考えると気が重い……」など。
4.転換した新しい気持ち:
・「事態をしっかり引き受ける」「治癒に向けて全力を尽くす」。
5.新しい関わり(同志、原則、システム):
・同志:病棟ナース、消化器内科医師、メンタルクリニック科医師と十分に情報交換し、協働する。夫、息子さんたちと情報共有し、協力を請う。
・原則:どんなときも最善の道が必ずひとつはある。
・システム:定期的な血液検査、ステロイドパルスの使用、回診・カンファレンスでの積極的ディスカッション。

8月25日に「因縁果報ウイズダム」に基づくカルテを作成、ご家族と面談の上、27日からステロイドセミパルス療法を開始した。
  同30日から後療法としてプレドニン40mgを開始した。9月1日、発熱。2日、白血球3万まで上昇、抗生物質(MEPMlg)/日開始。3日の血液培養でグラム陰性梓菌が検出され、4日には白血球6万4000まで上昇した。上司、感染症専門医師と相談、抗生物質を変更せず増量することとして、ガンマグロブリン製剤も使用。6日、白血球8000まで低下し、急速に改善。後に血液培養からセラチアが同定された。その後状態は安定し、ステロイドも減量、入院時の激しい夫への攻撃も止み、無事ご家族と笑顔で自宅退院された。

【結果】

「因縁果報ウイズダム」によって、入院時より目的・願いが明確になっており、心が定まっていたため、想定外の病状重症化に対しても動揺することなく、瞬時に最善の道を模索し続けることができた。また事態改善の同志となる人のリストが浮かび、迅速に関わることができた。
「因縁果報ウイズダム」を確認することで、自分が患者さんに関わる上でのもともとの動機に戻り、すっきりとした気拝で日々の医療に向かうことができるようになった。
  後日、看護師に意見を開いたところ、「願いが書いてあることで、治療方針がわかった」「自分たちもそれに沿って頑張ろうと思った」「今回のことで重症患者さんの身体的管理もできるという自信につながった」という評価があった。

 

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【考察】

「POS」は患者の問題点を論理的に思考し、解決に導く点において優れたシステムである。しかし、何のためにその患者の入院加療を行っているかという目的意識・願いを表現しにくい。対して、「因縁果報ウイズダム」に基づくカルテは、目的を明確にした医療を行う上で有用と考えられた。また、カルテを閲覧するスタッフとの目的や動機・願いに関するディスカッションの機会が生まれ、協働を促進する可能性がある。
  想定外の急激な病状悪化の場合、通常は状態悪化に気づいてから対策を考えるために、動揺しタイムロスして対応がギリギリになり、やや後手に回ることが多い。
  今回は、予め心構えができていたために、冷静であり、確信を持って協働し対応できるようになった。また、誰が同志かが速やかに明確になるようになった。スタッフの変化であるが、精神科病棟で身体的管理に自信がなかったものが重症例でもここまでできたという自信につながり、医師との協働の始まりを感じた。

 

【まとめ】

・「因縁果報ウイズダム」に基づくカルテ記載に取り組み、診療における、願い・目的が明確になった。
・コメディカルとの願い・目的の共有が起こり、協働が生まれた。
・「因縁果報ウイズダム」に基づくカルテ記載が、特に重篤な症例で、より有効な問題解決の方法となる可能性が示唆された。
・医療者ならば、患者の抱える問題を解決し、病を治し、癒したいと願うことは自然といえる。しかし、現在のカルテ記載法ではその意思を明確に表明することが難しい。また、その願いを阻むものも自分自身の心であることはこれまでに体験するところだが、その点が明らかにされない。
「因縁果報ウイズダム」を基としたカルテは、こういった点を余すことなく補い、医療者の目指す願いをより明確にし、その理想と現実をつなぐことを強く後押しするものである。

 

∗参考文献 高橋佳子著 『Calling 試練は呼びかける』 三宝出版